本文
2025年に市制70年を迎えた厚木市。諸説あり定説ではありませんが、かつて木材の集散地であったところから、アツメギが変化してアツギになったとされる地域で、古くから相模川沿いの宿場町として栄えてきた場所です。ルーツを江戸時代までさかのぼることのできる伝統食があり、長く市民に愛され続けている食材が多いのも特徴です。
まずはアユ。幕府にも献上されていた厚木のアユは江戸でもかなり人気があり、朝採りのアユが江戸まで運ばれたという記録が残っています。明治に入り、東京からの観光客は相模川に浮かべた屋形船に芸者を呼び、宴会をしながら船上でアユ料理に舌鼓を打ったといいます。釣りたてのアユを調理して楽しませる、それはおいしく、厚木を代表する名物のひとつとして成長していきました。現在は夏の風物詩として、6月から10月にかけて、市内の旅館や飲食店、各種イベントなどで味わうことができます。
秋から冬の風物詩といえば「いのしし鍋」です。あつぎ温泉郷(七沢・飯山)の旅館をはじめ、市内の飲食店でも提供されています。使用するいのしし肉の部位、鍋のベースとする味噌もそれぞれ趣向を凝らしたもので、バラエティに富んだ味わいを楽しむことができます。肉質が柔らかく、かむと肉の濃厚な味わいが口いっぱいに広がるいのしし肉。豚肉に近いですが、カロリーが低くヘルシーと人気を集めています。いのしし肉の旨味が溶け込んだ〆の雑炊で、至福のひとときをお楽しみください。
「とん漬」も厚木のガストロノミーを語るうえで外せません。江戸末期、荻野山中藩(現在の厚木市付近)で多くの人が集まる行事があり、いのしし肉に味噌を塗って大人数をもてなしたということが始まりといわれています。当時の武士は、四つ足の肉を食べることを嫌っていたので、何の肉か分からないように味噌を塗ったまま焼き、膳に添えたところおいしいと評判になったそうです。
もともとは味噌に漬けた保存食としての面もありますが、市内には食肉センターもあり、新鮮な豚肉が入手できる環境。新鮮で臭みのない豚肉を使うという特徴に加え、それぞれの店舗が独自に調合した味噌を使うことが、とん漬のバラエティの豊かさを生み出しています。八丁味噌のように濃くて焼くと真っ黒になるけれど、ごはんのお供に最高なとん漬があるかと思えば、合わせ味噌よりも淡い色合いの味噌を使っているお店もあります。さらに、日本酒を入れたり、ゴマなどを入れてみたりと秘伝の味わいで楽しませてくれます。厚木には「厚木とん漬のれん会」があり、20以上のお店・宿が加盟していますが、すべて味が違うというのも、とん漬のすごいところです。食べ比べしてみるというのも楽しみのひとつです。
特別なときに食べる「ハレ」の食事ではないというのもとん漬の大きな特徴です。贈答用にだけ流通するのではなく、家庭で日常的に食べられているものです。とん漬を買って帰ればおかずを一品作らなくていい、そんな生活に長い間溶け込んできた地域の味です。
厚木の「とん漬」は、令和5年3月に文化庁の「100年フード」に認定されました。
文化庁では、多様な食文化の継承・振興への機運を醸成するため、地域で世代を超えて受け継がれてきた食文化を、100年続く食文化「100年フード」と名付け、文化庁とともに継承していくことを目指す取組を推進しています。「厚木のとん漬」が、令和5年3月に「伝統の100年フード部門~江戸時代から続く郷土の料理〜」として認定されました。 |
とん漬と同じく、市民に支持され食べ支えられてきたのが厚木のホルモン。街を歩けばすぐにホルモン店が目に留まるほど、厚木のホルモンを扱う店舗が多く、厚木市観光協会もその数を把握できないほどです。それほど人気なのは、厚木のホルモンが圧倒的においしいからです。市内にある食肉センターから届くホルモンは新鮮そのもので、ほかの街で食べるものとは一線を画します。有名なのはシロホルモンですが、他の部位も絶品。たとえばカシラは、臭みがまったくなく、肉の深い味わいを楽しめます。レバーは、鮮度がいいからこそのシャキシャキとした食感が楽しめます。今まで食べられなかったのに、厚木のレバーはおいしいから食べられるよという話は毎年のように聞く話です。
今まで紹介した伝統食の味わいをグッと引き上げるお酒も、厚木には豊富にそろっています。創業200年余年の老舗酒造が手がける日本酒、そして日本でクラフトビールの礎を築いたとして知られるブルワリーなど、どこも一度は試してほしいものばかりです。
今回のガストロノミー特集では厚木のアユにクローズアップ。相模川第二漁業協同組合の組合長であり、神奈川県内水面漁業協同組合連合会代表理事会長の栗原信二さんにお話を伺いました。
長い間愛されてきた厚木のアユは、6月1日から10月中旬までしか漁ができない貴重な魚であり、そのため重宝されてきた川魚です。江戸時代はその日獲ったアユを幕府に献上したり、明治、大正時代には東京からの観光客が相模川に浮かぶ船上でアユを楽しんだりと歴史を積み重ねてきました。下の写真は昭和9年ごろの相模川の様子です。
ひとつはそ上量です。2024年度に相模川をそ上したアユは約500万尾にも上ります。この数は全国指折りのそ上量です。もともと相模川の環境がいいということもありますが、このそ上量を維持するため、神奈川県内水面漁業協同組合連合会では、さまざまな取り組みを行っています。海産稚鮎を海で捕まえていけすで大きくして川に放し、人工交配させた受精卵から育て、ある程度大きくして川に放流するという活動を行っているのです。
もうひとつは、市民に愛されている魚ということ。毎年8月になると盛大に行われる「あつぎ鮎まつり」。まつりの2日目に行われるのが「子ども鮎つかみどり」です。約600人の人々が、三川合流点近くに設置された約100mほどの川岸でアユをつかみます。もちろんまつりではつかみ取りだけではなく、じっくりと炭火で焼き上げたアユの塩焼きが、本厚木駅周辺の会場で販売されます。売り場はかなりの行列になり、1時間並んでも買えないほどの人気です。
「炭火で丁寧に焼き上げたアユは極上の味わい。ただね、焼くのが難しいから、飲食店やイベントなどで食べるのがおすすめ」と栗原さんはいいます。「でもね、自分たちが子どものころと違って、最近は小学生がおいしい!って食べたりするね。若い人が食べるように変わってきた」と続けます。栗原さんにおすすめの食べ方を聞くと、「甘露煮、開きなどもあるけれど、まずは塩焼きで食べて欲しい」とのこと。炭火の遠火で30分程度じっくりと焼き上げたアユ。皮がパリッとして身はふっくらと柔らかい。一口食べるとアユのとりこになるのは必至です。
相模川の流域によって釣り方は変わります。上流は友釣り。アユでアユを釣る方法です。相模川中流域である厚木市周辺は投網とコロガシ釣りで獲ります。コロガシ釣りは長い竿を使って、仕掛けを川底で転がすようにしてアユをひっかける釣り方。小田急線で相模川を渡るときに長い竿が連なる姿を見かけたことがある人も多いでしょう。あれがコロガシ釣りです。投網を投げれば入る、仕掛けを転がせば簡単にひっかかるほど、相模川を泳ぐアユは多いですが、網を投げられる漁師は少なくなり、コロガシ釣りをする釣り師も高齢化で人数が減っています。もっと若い人にもアユ釣りに親しんでほしいと、3年ほど前からルアー釣りを解禁。現在は少しずつではあるけれど、ルアーでアユ釣りを楽しむ若い人たちが増えているといいます。
少し前まではアユ釣りはかなり人気があり、漁解禁の6月1日は仕事を休んで釣りをする人も多かったそう。職場で「あの人は休みだね、ああ、アユの解禁日ね」という会話が成り立つほどに、アユ釣りが市民に浸透していて、前日から河原にテントを張って日付が変わるのをワクワクしながら待ったといいます。テントで河原が埋め尽くされ、ラーメンなどを出す夜店が出て、麺をすすりながら夜明けを待つ、そんなイベントだったのです。
「後世に続いていってほしいと思っている。守っていかなくてはいけないもの」だと、栗原さんはいいます。「稚魚の放流しかり、ルアー釣りの解禁しかり。若者にもアユ釣りを楽しんでもらうように、アユを楽しんでもらうすそ野を広げること。そして、日本で三本の指に入る遡上量を守っていくこと。石を入れることで産卵場所を増やしたり、コケが生える場所を増やしたりとアユを守る活動を続けていかなくてはいけない。魚の住みよい環境を整備しながら、伝統漁法を守りつつ、新しいものを取り入れていきたい。いろいろな人にアユに触れて、味わってもらいたい」と栗原さんは続けます。厚木市観光協会では漁協の皆さんなどの協力を得て、アユの各種イベントを開催。毎年、アユとシロコロホルモン、とん漬を自分で焼いて食べるイベント「あゆ×コロまつり」や「釣る!見る!食べる!鮎満喫バスツアー」を開催し、市内外から多くの人が参加しています。また、投網を打つ姿やコロガシ釣りをする風景、囲炉裏でアユを塩焼きしているところなどを撮影し、最後にアユの塩焼きも味わえる写真教室イベントを現在、企画中です。
漁協では、アユのおいしさを伝える活動も行っています。横浜で行われたイベントに加え、沖縄のイベントにも出店。沖縄ではほとんど川魚を食べないので、アユがものすごい人気で、イベント始まって以来の大行列だったとか。県外でもおいしいと喜んでくれるアユ。ひとりでも多くの人が厚木のアユを食べて喜んでくれるとうれしいと栗原さんはいいます。
アユを自宅で味わいたいという方は、厚木あゆ種苗センター直売所へ。活アユ(6月~10月ごろ)や冷凍アユ(概ね通年)、鮎甘露煮、アユの開きなどが購入できます。
神奈川県内水面漁業協同組合連合会代表理事会長の栗原さん
厚木市にはコンテストで入賞した食品や、古くから市民に愛され続ける食品が数多くあります。こうした魅力ある食を厚木市が「あつぎ食ブランド(愛称:あつぎOEC(おいしい)フード)」として認定しています。地元ならではの特産品は、ギフトにもピッタリです。